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京都地方裁判所 昭和45年(わ)189号 判決 1972年2月28日

被告人 佐藤和之

昭二二・一一・二六生 印刷所営業見習(神戸商船大学学生)

主文

被告人を懲役一年に処する。

未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入する。

但し、この裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予する。

訴訟費用は全部被告人の負担とする。

理由

(本件犯行に至る経緯)

被告人は京都府立鴨沂高等学校を卒業後、昭和四一年四月国立神戸商船大学に入学したが、昭和四四年三月末ころ、共産主義者同盟(ブンド)の下部組織日本社会主義学生同盟(社学同)に加入して関西地方委員会兵庫県委員会神戸商船大学支部に所属し、同年一〇月ブンド地区軍団兵庫県部隊に入隊し、同月末ブンド中央委員会軍事委員会直轄の軍事組織であるブンド正規軍(R・G=エル・ゲー)関西駐屯部隊(関西R・G)に配属され、同年一一月一三日付で同大学に休学届を提出し、その組織活動に専念するようになつた。R・Gの主たる任務は、世界党の建設に向けて正規軍に発展する世界赤軍の一環としての位置づけから、世界同時革命戦略に基づき恒常的武装闘争を遂行することにあり、当面は権力中枢に対する破壊戦、街頭機動戦、マツセンストを活動目的としており、関西R・Gの組織および活動は、隊員全員が組織名(仮名)を用い、最上部の小隊長の下に二名の分隊長を、各分隊長の下に二名の班長を、各班長の下に二名の班員をそれぞれおき、班を最小の活動単位として班毎に一定のアジトをもつて共同生活を営み、常に闘争に向けて学習と身体の鍛錬に励むとともに、組織としての活動のないときは、班単位で日雇労働をし、または街頭に立つてカンパを募り、その収入を全部組織の資金として上納し、各隊員の生活費は、分隊長から各班長に対し毎週日曜日に一人一日七〇〇円の割合の計算でその班全員の一週間分を支給され、班長がこれを保管し適宜支出していた。被告人は、組織名牧針陽または榊原純といい、組織名内村洋介こと中塚邦夫とともに大阪市都島区高倉三丁目所在大阪市立大学都風寮二階一室をアジトとする古川班(班長組織名古川こと斎藤哲夫)に属していた。

(罪となるべき事実)

一、共謀の成立経過

日本国有鉄道(国鉄)は、昭和四四年一一月下旬から同年一二月上旬にかけて在日本アメリカ合衆国軍隊(在日米軍)の依頼により福岡県所在在日米軍山田弾薬庫から、東京都所在日米軍横田基地および青森県所在同三沢基地に向けての在日米軍弾薬輸送計画を実施していた。ところで被告人を含む関西R・G一五名は、同年一一月末日ころ、二日間にわたり大阪大学において関西R・G全体集会を開き、同大学医学部付属病院内無給医室で開かれた第二日目の席上、R・G隊員の中から在日米軍弾薬輸送列車の運行阻止闘争を組むべきであるとの声が上がり、午前中から午後四時ころまで論議したが結論が出ないまま解散し、三日間の休暇に入つた。同年一二月三日休暇明けに前記アジトに戻つた被告人は、前記班員中塚邦夫とともに班長斎藤哲夫から、同月五日古川班が中心となり、火焔瓶を用いて在日米軍弾薬輸送列車の運行阻止闘争の計画が具体化されようとしていることを聞かされると同時に、右闘争に参加するか否かを問われ、両名ともに参加の意思を表明したところ、同班長から翌同月四日麻生班班長麻生こと久留島某運転の乗用車で犯行場所の候補地の下検分に行く旨伝えられた。被告人は、同月四日午前七時ころ、前記アジトを出て大阪市東住吉区内南海電鉄あびこ駅付近所在の麻生班アジトなると荘に赴き、右久留島および麻生班員中村こと山本哲明とともに三名で同日午前一一時ころ久留島運転の普通乗用自動車に乗つて同所を出発し、途中古川班長斎藤を乗せた中塚運転の普通乗用自動車と落ち合い、被告人は同自動車に乗り移り、名神高速道路を通つて京都市内山科および岐阜県内関ヶ原付近の東海道本線の犯行現場候補地二個所に赴いて検分した後前記麻生班アジトなると荘に戻り、同日午後八時ころから同所において右五名のほか小隊長岡田こと大森某および日下班員峰勝こと[方鳥]沢善郎が加わり、七名で戦術会議を開いた。その席上被告人らは、在日米軍の弾薬輸送計画は、国際的反革命同盟としての日米安保体制の再編のための在日米基地再編成の一環であると位置づけ、国際的革命勢力である世界赤軍の役割を荷なうR・Gとしては、その事実を政治的に暴露して大衆にアピールする任務を負つている旨、本件犯行の政治的位置づけとその必然性とを確認し、次いで大森が示した東海道本線列車ダイヤグラフおよび京都市内地図を前にして、その攻撃の場所および方法について協議し、左のとおりの事項を決定した。すなわち、京都市東山区山科北花山寺内町所在国鉄東海道本線東山隧道東口の東方約六三メートル(東京起点五〇九キロ九六一メートル)地点を同月五日午後一時二九分ころ通過することになつている弾薬輸送列車上り貨物第七八六四号の数分前に、同所を通過することになつている上り快速電車の通過直後に、同所の列車軌道を跨いで約六メートルの高さに南北に架設されている花山水路歩道橋上から、同上り線軌道上に火焔瓶を投下炎上させ、列車の運行を阻止する、但しこれによつて列車の転覆または破壊までは目的としないこととする。そのため、峰こと[方鳥]沢善郎は火焔瓶を準備し、被告人および古川班長斎藤哲夫の両名岐阜県内関ヶ原付近の東海道本線の犯行現場候補地二個所に赴いて検分した後前記麻生班アジトなると荘に戻り、同日午後八時ころから同所において右五名のほか小隊長岡田こと大森某および日下班員峰勝こと[方鳥]沢善郎が加わり、七名で戦術会議を開いた。その席上被告人らは、在日米軍の弾薬輸送計画は、国際的反革命同盟としての日米安保体制の再編のための在日米軍基地再編成の一環であると位置づけ、国際的革命勢力である世界赤軍の役割を荷なうR・Gとしては、その事実を政治的に暴露して大衆にアピールする任務を負つている旨、本件犯行の政治的位置づけとその必然性とを確認し、次いで大森が示した東海道本線列車ダイヤグラフおよび京都市内地図を前にして、その攻撃の場所および方法について協議し、左のとおりの事項を決定した。すなわち、京都市東山区山科北花山寺内町所在国鉄東海道本線東山隧道東口の東方約六メートル(東京起点五〇九キロ九六一メートル)地点を同月五日午後一時二九分ころ通過することになつている弾薬輸送列車上り貨物第七八六四号列車の数分前に同所を通過することになつている上り快速電車の通過直後に、同所の列車軌道を跨いで約六メートルの高さに南北に架設されている花山水路歩道橋上から、同上り線軌道上に火焔瓶を投下炎上させ、列車の運行を阻止する、但しこれによつて転覆または破壊までは目的としないこととする。そのため、峰こと[方鳥]沢善郎は火焔瓶を準備し、被告人および古川班長斎藤哲夫の両名は火焔瓶を軌道上に投下し、麻生班員中村こと山本哲明は火焔瓶の炎上および列車遅延の状況を確認し、麻生班長久留島某は右なると荘から京都市内九条山浄水場まで被告人および斎藤を搬送し、中村こと中塚邦夫は犯行の発覚、追跡防止のため、犯行時に使用する京都ナンバーの普通乗用自動車を盗み被告人と斎藤とを右九条山浄水場から犯行現場付近まで搬送し、犯行後は、同日午後一〇時に京都市北区市電下総町電停で集合し、付近にある小隊長大森の知人宅に一泊するというものであり、ここに被告人ほか六名は、右火焔瓶等の投下炎上により同列車の往来に火災等の危険が発生するおそれのあることを予見しながら同列車の運行を妨害することの共謀を遂げた。

二、本件犯行の状況

右共謀に従つて、昭和四四年一二月四日深夜、右[方鳥]沢大森とともに大阪府寝屋川市内所在ブンド関西地方委員会特科工場に赴き、ビール瓶に硫酸・ガソリン混合の液体を注入し、その外側に塩素酸カリウムを塗付したガムテープを巻きつけて作成した発火用火焔瓶三本を受け取つて前記なると荘に戻り、同所において一升瓶三本に脱脂綿をいつぱいに詰めてそれにガソリンを注入して満たしたうえゴム栓をして炎上用のガソリン瓶をつくり、翌五日早朝、被告人は、右[方鳥]沢らとともに、右火焔瓶は一本づつビニールの袋に入れて輪ゴムでその口を止め、ガソリン瓶は一本づつ包装紙に包み、贈答品に偽装したうえ、ガソリン瓶二本を一組として紐で結ぶなどして適宜持ち運び易いようにした。その後同日午前九時三〇分ころ、被告人は右斎藤、山本とともに右火焔瓶等を持つて久留島運転の普通乗用自動車に乗つて前記なると荘を出発し、同日午前一一時ころ名神高速道路吹田サービスエリヤにおいて窃取にかかるマツダフアミリア(京五ら二九四一号)を運転して来た中塚と落ち合つた。被告人らは、同所においてしばらく休憩し時間調整をしたのち、中塚運転の車と一〇分の間隔をおいて発進し、同高速道路を東進し、京都東インターチエンジから京都市内に入り、大石街道五条バイパス交差点付近で炎上確認役の山本を下車させた後九条山浄水場まで行き、同所で、中塚運転の前記マツダフアミリアと再会し、久留島は同所で被告人と斎藤とを下車させて前記火焔瓶等を同車に移させ、その任務を終えたので被告人らを残して大阪へ戻つた。被告人および斎藤は、中塚運転のマツダフアミリアに乗り換え、同日午後一時二一分ころ前記花山水路歩道橋北詰付近民家前に赴き、被告人は前記火焔瓶一本と二本一組になつたガソリン瓶を、斎藤は前記火焔瓶二本とガソリン一本とをそれぞれ持つて下車し、上り快速電車の通過を確認した後、斎藤が先になり、被告人がこれに続いて歩道橋に向かつて歩行し始めたが、たまたま付近で国鉄関係の工事に従事していた竹田清次が同歩道橋を対向して来たので、同人をやり過ごしたあと、同歩道橋を北から南に向かつて渡り始め、同日午後一時二四分ころ同歩道橋上の前記東海道本線上り線軌道の真上に至つて立ち止り、同所において、まず斎藤が火焔瓶二本とガソリン瓶一本を同所(東側端点東京起点五〇九キロ九五八・〇五メートル)より約三・二メートル東方の上り線軌道のレールの中間目がけて投下したあと、被告人が火焔瓶一本と二本一組のガソリン瓶とを続けて同じ場所に投下し、これらを損壊し付近に飛散させ、右ガソリンを約一・五平方メートルの範囲にわたり焔の高さ約一・六メートルにおよぶ勢いで炎上させ、よつてその直後同日一時二九分三〇秒ころ同地点を通過すべく接近中の電気機関車(EH一〇―一八、電気機関士渡辺幸男、同川辺善三郎)および貨車計五〇両(うち弾薬積載貨車一〇両)編成の上り第七八六四号列車の貨車連結部エアホース焼損事故発生のおそれを招来させ、もつて電車の往来の危険を生ぜしめたものである。

なお、被告人は、昭和四五年二月七日京都府山科警察署司法警察員に自首したものである。

(証拠の標目)(略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、被告人は本件犯行に際し、往来の危険を発生させる故意はなかつたものであり、かつ、現実に列車の運行につき危険を発生せしめなかつた旨主張するので、この点につき検討する。

一、被告人の当公判廷における供述によれば、被告人は本件火焔瓶等の軌道上への投下により、その火炎が列車に燃え移るおそれがあるのではないかと考えていたというのであり、本件火焔瓶等に用いられたガソリンの量と被告人が当然知つているガソリンの引火炎上性に照らすと、被告人が本件犯行により往来の危険が発生するのではないかと予見していたことは明白である。ところで、被告人の当公判廷における供述の中には、「被告人の検察官に対する昭和四五年二月一八日付供述調書中の『被告人等の犯行により列車の運行を妨害するに止まらず、列車の往来に危険が生ずるおそれがあることの認識があつた』旨の供述記載は、被告人が早期の釈放を望むの余り検察官の問いに迎合してなされたにすぎないものである」との趣旨の部分があるけれども、被告人が自首した経過およびその余の被告人の司法警察員および検察官に対する各供述調書の内容に照らして、右が任意性のないもの、もしくは虚偽の自白であるとはとうてい認められない。

二、また竹田清次の検察官に対する供述調書によれば、被告人等の本件犯行により、火焔瓶等の落下地点において、判示のとおりのガソリンの炎上があつたこと、その後、三、四分で竹田清次等がこれを消し止めその一、二分後即ち、被告人等の火焔瓶投下から五、六分後に本件弾薬輸送列車が同所を通過したことが認められる。ところで、前掲各証拠によれば、本件列車は同所を時速五〇ないし六〇キロメートルで運行しており、本件現場で火炎が上つたとすると、その発見可能の位置は、同所から約七六メートル手前であること、および本件程度の火炎を発見した場合、機関士は必ず列車を停止させることが認められ、鉄道技術研究所化学研究室長喜多信之外三名作成の鑑定書、司法警察員作成の十二・五米軍弾薬輸送列車妨害事件第四回実験見分調書によれば、機関士が右火炎発見後、非常制動をかけて列車を停止させた場合、同列車の一四両目ないし三一両目がその火炎の上に位置することになり、この場合、貨車連結部のエアホースが右火炎上に位置する可能性は十分にあること、そしてエアホースの下端はレールから四〇センチメートル上の位置に当ること、および右火炎が消し止められない場合には、炎上から列車が停止するまでの時間を考慮してもなお火炎の高さは道床から約六〇センチメートルの高さにおよぶことが認められ、道床からレール表面までの高さを考慮してもなおゴム質で易燃性のエアホースは、これにより焼損する可能性が大きいものと認められる、そして、証人奥村新重郎の当公判廷における供述によるとエアホースの焼損により制動管エアが抜けると制動がかかり放しになり、再び列車を運行させるためには当該エアホースを取り換えた後、制動管エアが充填されるのを待たなくてはならないことが認められる。

以上のとおり、エアホースは列車の運行にとつて不可欠のものであり、かつ、本件犯行により生じた火炎は、その火力、炎の高さ、範囲および持続力などいずれの点においても、本件列車の連結部のエアホースを焼損するに足りる程度のものであるから、本件犯行の時刻、場所、気象条件、列車の運行状況等に照らして、被告人等の本件犯行が電車の往来の危険を生ぜしめたというに十分である。

なお、奥村新重郎の司法警察員に対する供述調書の中には「列車が火炎上を通過することになると、炎上中の脱脂綿が列車風により吸い上げられ、モーターや車軸に巻きついて機関車や貨車が炎上するおそれがある」旨の供述記載があるが証人奥村新重郎の当公判廷における供述に照らすと、右供述部分は同証人の推測の域を出ないものであり、これをもつて、前記エアホースの焼損以外に列車の火災炎上のおそれがあることを認定するには十分でなく、前記鑑定書によれば、本件犯行による火炎は、右エアホース以外列車の部位を焼損するおそれのないことが明らかである。

三、さて、次に、本件犯行の列車に対する火災以外の影響および軌框に対する影響、脱線事故発生のおそれについて検討する。

1  前記鑑定書によれば、本件犯行によつて予想される列車に対する火災以外の影響は、火炎の熱による各車両の機能、性能の損傷であるところ、機関士が火炎を発見して列車を停止させるまでの間にこれを編成する車両のうち、火炎上を通過する部分については、その影響を被るおそれのあることは認められず、また列車の停止により火炎上に位置する車両があるとしても、当該車両の本体または各部分の機能、性能が低下する等のおそれはないことが認められるから、車両自体への影響による列車の脱線事故発生のおそれを認めることはできない。

2  次に証人藤本数雄の当公判廷における供述および前記鑑定書によれば、軌道上において可燃物を炎上し、これによつてレール、鋼製締結材が熱の影響を受け、または、枕木が焼損、欠損した場合、熱影響の程度または枕木の焼損、欠損の部位、程度如何によつては、レール頭部あるいは底部横変位の増大、レール沈下およびその不均衡、枕木の横移動の増大などによつて軌框(レール、枕木、鋼製締結材等により構成されるいわゆる軌道から道床を除いた部分)の強度が低下するおそれがあり、これが原因となつて、列車の脱線事故発生のおそれが生ずるものと認められる。従つて、ここに列車の脱線事故発生のおそれが生ずるということは、軌框の強度が低下するおそれが生ずるということに置き換えることができる。そして、右証拠によれば、本件火焔瓶等の投下に伴うガソリンの炎上による火力は、レール、鋼製締結材の材質を変化させ、あるいはその性能を低下させるに足りないものであることが明らかであるから、レール、鋼製締結材への熱影響の観点からは軌框の強度が低下するおそれは生じ得ず、従つて脱線事故発生のおそれは生じ得ないことになる。

ところで、前記証拠によれば軌道上における可燃物の炎上による枕木への影響の観点からは、枕木の焼損、欠損を前提にしない限り、軌框の強度が低下するおそれを論ずることは無意味であり、枕木の焼損、欠損が生じてはじめてその部位程度如何によるレール頭部あるいは底部横変位の増大、レール沈下の増大およびその不均衡の発生、枕木の横移動の増大等の可能性が生まれ、これによつて軌框の強度が低下するおそれを論ずる意味があることになり、従つて脱線事故発生のおそれを論ずる意味があることになると認められる。これを要するに、軌道上において可燃物を炎上させる行為がなされた場合枕木への影響の観点から列車の脱線事故発生のおそれを生ぜしめ、電汽車の往来の危険を生ぜしめたものというがためには、単にその行為がなされたことだけでは足らず、その行為によつて枕木を焼損または欠損させるに至つたことを要するものといわなくてはならない。そして当該行為に用いられた可燃物の性質、性能、量等が当該枕木の材質、性能等に鑑み、これを焼損させるに足りるものであつても、当該軌道の状態、形状、その他の条件からこれを焼損させるに至らず、あるいは、焼損させるに至る前に消し止められた場合は、電汽車の往来の危険は生ぜしめるに至らず未遂であるといわなくてはならない。

そこで本件についてみるに前認定のとおり被告人等の犯行により生じた火炎は直ちに消し止められたのであるが、証人藤本数雄の当公判廷における供述、司法警察員作成の実況見分調書によれば、本件犯行現場付近の軌道は、二五メートルレール(一メートル当り五〇キログラムのMレール使用)とその間に四七本のクレオソートを注入したナラガシ枕木とが用いられており、枕木の間隔は平均五二、三センチメートルで、レールはタイプレート、板バネ、犬釘を用いて枕木に固定され、道床には砕石が敷いてあり、本件火焔瓶等の落下炎上地点付近は、レールの継目のないいわゆる中間部であることが認められ、前記鑑定書によれば、本件犯行程度の火焔瓶等の火力では通常、枕木の表面に深さ数ミリメートル程度の炭化が生ずるのみで、一般的にみて着火炎上しないこと、しかしながら、枕木に割れ目があるような場合、または炎上地点がレール継目部の二丁継ぎ枕木の上でありかつ二本の枕木の間に間隙がある場合には、その割れ目または間隙によつていわゆる煙突効果、保温効果が生じて枕木自体に着火炎上し、焼損するに至る場合のあることを認めることができる。

右事実と、司法警察員作成の実況見分調書により認められる。本件火焔瓶の落下炎上地点の枕木には諸所に割れ目がある事実とを総合すれば、被告人が本件犯行により前記軌道上で炎上させた火炎は、同所の枕木を焼損するに足りる火力を有していたものであるが、それに至る前に消し止められたものであつて、結局枕木の焼損による軌框の強度が低下するおそれを生ぜしめるには至らず、脱線事故発生のおそれという観点からは電汽車の往来の危険を生ぜしめなかつたものである。

四、以上のとおり、被告人は、本件犯行に際し、列車の往来の危険を予見していたものであり、かつ、本件訴因のうち、列車の脱線事故発生のおそれを生ぜしめたことは認められないが、列車の貨車連結部のエアホース焼損による火災事故発生のおそれを生ぜしめたことが認められるから、その範囲において往来危険罪の成立は明らかであり、従つて、被告人はこれについて刑責は免れないから、弁護人の主張は理由がない。

(法令の適用)

被告人の判示所為は、刑法一二五条一項、六〇条に該当するところ、被告人は自首しているから同法四二条一項、六八条三号により法律上の減軽をした刑期の範囲内で被告人の量刑を考えるに、被告人は、その思想、信条、政治的立場はどうであれ、本件犯行に際して、その生起すべき結果の重大性と危険性とを予見しながら直接実行行為を担当したものであつて、その刑責は極めて重大であるといわなければならないが、R・Gの中で占める地位も低く、かつ本件犯行を首謀したものではないこと、しかも幸にして炎上した火は間もなく居合せた人々によつて消し止められ、列車の運行に支障を生じなかつたこと、その後被告人は反省悔悟して自首し、改悛の情が顕著であること等を考慮して被告人を懲役一年に処することとし、同法二一条を適用して未決勾留日数中二〇日を右本刑に算入し、被告人が現在では善良な市民として仕事に邁進し、一人立ちすべく並々ならぬ努力を傾けていること、その他家庭事情等諸般の事情を勘案し同法二五条一項に従いこの裁判確定の日から二年間右刑の執行を猶予することとし、訴訟費用については、刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して、これを全部被告人に負担させることとする。

よつて主文のとおり判決する。

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